世界大百科事典(旧版)内の姫ヶ池の言及
【下谷】より
…28年ごろまでに同寺の門前町である大門町,黒門町,池之端仲町などが相次いで生まれ,元禄(1688‐1704)ごろには各種の商店や水茶屋,見世物小屋などが立ち並ぶ江戸有数の繁華街に発展した。次に寛永寺の東側,姫ヶ池と呼ばれる広大な沼沢地であった区域は,徳川家康の江戸入城(1590)後に埋め立てられ,水田や宅地と化した。17世紀初頭以降,その一部は武家地となり,主として下級幕臣に大縄(組単位)で給された。…
※「姫ヶ池」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」