世界大百科事典(旧版)内の娥皇の言及
【舜】より
…《山海経(せんがいきよう)》に〈帝俊〉としてみえ,その妻羲和(ぎか)は十日を生み,常羲(じようぎ)(嫦娥)は十二月を生んだ。またその妻娥皇(がこう)は三身の国を生んだが姚(よう)姓で,四鳥を使者とした。この四鳥は,卜辞(ぼくじ)に四方の風神としてみえるもので,この伝承は明らかに殷人のものであり,殷がその王朝による支配を,神話的に表現したものとみられる。…
【湘君・湘夫人】より
…湖南省にある湘水の神とされ,また洞庭湖の水神でもあって,湖中の君山にその祠廟がある。《山海経(せんがいきよう)》に洞庭の山に住む天帝の2人の娘のことが見え,漢の《列女伝》では,この2人は尭帝の娘で舜の妃である娥皇と女英であって,舜が蒼梧で死ぬと2人は湘水に身を投げてその神になったのだとされている。湘君と湘夫人はこの2女神に比定されるが,一説には湘君は男神,湘夫人は女神で,2人は夫婦なのだともされる。…
※「娥皇」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」