世界大百科事典(旧版)内の孫恩の乱の言及
【晋】より
…4世紀末の政権を担当した司馬道子・司馬元顕父子に対して,その政治の乱脈の改革を強硬に迫った王恭は北府軍団長であった。王恭は敗死したが(398),政府の乱脈の機をとらえて蜂起した道教徒の民衆反乱,すなわち孫恩の乱(孫恩・盧循の乱)を平定したのも,また桓玄を駆逐したのも北府軍団の力であった。桓玄は桓温の子。…
※「孫恩の乱」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
[名](スル)1 すばやく書き記すこと。特に、速記術を用いて演説・談話などを書き取ること。「対談を速記する」2 「速記術」の略。「速記を覚える」3 「速記者」の略。「速記を雇う」4 「速記録」の略。「...