宇野頼基(読み)うのよりもと

世界大百科事典(旧版)内の宇野頼基の言及

【宇野氏】より

…平安・鎌倉初期の大和の武士団。清和源氏頼親の流。大和国宇智郡宇野荘を本拠とした。頼親より3代後の頼治が初めて宇野冠者を号した。その子親弘は摂津国豊島に住したが,親弘の子親治は宇野に住し宇野七郎と号した。親治は保元の乱に際し左大臣藤原頼長の召に応じて上京し,崇徳上皇方にくみして捕らえられたが,後に許されて帰郷した。宇野荘の荘務は頼治→親弘と長子相続されたが,親弘は故あって親治に譲らず,次男基重,三男親満,女子伊予内侍高倉院女房に分割譲与した。…

※「宇野頼基」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

〘 名詞 〙 春の季節がもうすぐそこまで来ていること。《 季語・冬 》 〔俳諧・俳諧四季部類(1780)〕[初出の実例]「盆栽の橙黄なり春隣〈守水老〉」(出典:春夏秋冬‐冬(1903)〈河東碧梧桐・高...

春隣の用語解説を読む