世界大百科事典(旧版)内の宗因流の言及
【談林俳諧】より
…伝統的な貞門俳諧に反抗して起こり,1670年代(延宝期)を中心に流行,蕉風俳諧の台頭とともに急速に衰えた過渡期の俳諧である。貞門のなまぬるい俳風や堅苦しい作法に不満をもつ人びとが,連歌の余技として解放的・遊戯的な俳諧を楽しんでいた,大坂天満宮の連歌所宗匠西山宗因を盟主とし,一派を成したもので,宗因流,またその俳号から梅翁(ばいおう)流ともいう。談林とはもと僧侶の学寮をいい,初めに江戸の松意(しようい)一派がそれを名のったが,のちに宗因をいただく諸派の俳諧の総称となった。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」