世界大百科事典(旧版)内の宮島勘左衛門の言及
【経木】より
…付木は長方形の厚経木の一辺に硫黄を塗ったもので,マッチの普及以前,火だねを運ぶために必須の生活用品であった。薄経木は,紙のように薄く削ったもので食品の包装などに用いられるが,これは1852年(嘉永5)に武州月輪(つきのわ)(現,埼玉県比企郡滑川村)で付木の製造をしていた宮島勘左衛門が完成したものだという。前年,関東一円でマダケの開花枯死が起こり,当時包装材料として需要の増大していた竹の皮が不足したため,勘左衛門はそれにかわるものをと考えて研究開発したのであった。…
※「宮島勘左衛門」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」