世界大百科事典(旧版)内の密教寺院の言及
【鎌倉時代美術】より
…東大寺および興福寺の再建・復興は南都諸寺の教学と堂塔との復興に大きな刺激を与え,法隆寺,薬師寺,唐招提寺,元興寺,十輪院,福智院,新薬師寺,秋篠寺,不退寺,当麻寺,海住山寺などこの期に造立・改築された遺構は多い。また京都を中心に前代に早く成立した天台・真言両系の密教寺院が鎌倉時代には地方へ進出し,在地の守護や地頭の勢力とむすび地方密教寺院が多く造立された。これらの寺院は本堂を主とし三重塔あるいは多宝塔を組み合わせた伽藍構成をとる。…
【室町時代美術】より
…円覚寺正続院昭堂(舎利殿を兼ねる),建長寺西来院昭堂,岐阜永保寺開山堂(祀堂,合の間,礼堂),京都妙心寺開山堂昭堂,東福寺竜吟庵方丈,大徳寺の大仙院,竜源院,興臨院,瑞峯院,聚光院各客殿(本堂)が著名である。 禅宗以外の仏寺では,鎌倉時代にひきつづいて,密教寺院の地方発展の傾向がつづき,多くの堂塔が造立され遺構も多い。本堂遺構のうち,規模の大きい七間堂が鎌倉時代よりも多く造立され,近畿地方に集中している。…
※「密教寺院」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」