世界大百科事典(旧版)内の富士製紙の言及
【王子製紙[株]】より
…16年には大阪で都島工場を買収,また大蔵省十条分工場の払下げを受け,24年に小倉製紙所と有恒社,25年に東洋製紙などをつぎつぎと併合した。その後も,金解禁およびアメリカの恐慌の影響で苦境におちいった樺太工業(株)(1913年大川平三郎が樺太を拠点に設立),富士製紙(株)(1923設立。一時大川が実権を握ったが,29年以降は王子が実権をもつ)を合併し,33年資本金1億5000万円の王子製紙が誕生,全国洋紙生産の80%余(新聞用紙は95%)を占め,世界有数の大製紙会社となった。…
【紙・パルプ工業】より
…84年には木材パルプ技術を修得するため再び欧米を訪れ,帰国後の88年,天竜川上流の気田に木材パルプ工場(王子製紙気田工場)の建設に着手,90年操業を開始した。また同年,富士製紙の入山瀬工場が日本初のグランドパルプ製造に成功した。これにより,日本でも木材パルプによるマスプロ方式の技術導入がなされたわけである。…
※「富士製紙」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」