寛文美人(読み)かんもんびじん

世界大百科事典(旧版)内の寛文美人の言及

【役者絵】より

…特定の人気のある役者をモデルとする場合が多く,現代のブロマイドと同様熱狂的なファンの要求にこたえて大量に制作,販売された。そのもっとも早期の例は,寛文期(1661‐73)を中心として流行した肉筆の一人立(ひとりだち)人物画像,いわゆる〈寛文美人〉の中に見いだされ,《右近源左衛門像》(東京国立博物館)などの作例が伝わる。江戸における浮世絵の成立とともに,役者絵の主たる表現手段は肉筆画から版画へと移り,元禄期(1688‐1704)以降,美人画とともに浮世絵の中核をなすレパートリーとして定着していく。…

※「寛文美人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む