《寺川郷談》(読み)てらかわきょうだん

世界大百科事典(旧版)内の《寺川郷談》の言及

【本川[村]】より

…かつて当村から東隣の大川村を含む一帯は本川郷とよばれ,周囲から隔絶した山間地で,中世には〈本川五党〉と称する5人の土豪がいた。寺川は石鎚山への登山口だが,江戸中期,同地に駐在した土佐藩山廻役春木氏の記した《寺川郷談》は,焼畑や狩猟など当時の生活や習慣をよく物語る。村域西部の手箱山(1806m)には近世初期の氷室跡がある。…

※「《寺川郷談》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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