《将棊馬日記》(読み)しょうぎうまにっき

世界大百科事典(旧版)内の《将棊馬日記》の言及

【将棋】より

…なかでも水無瀬家は兼成の子の親具(ちかとも),その子の氏成と能筆家が続いたので江戸時代に駒の書体の宗家とされ,水無瀬駒として珍重された。水無瀬家に残る《将棊馬日記》(1590‐1602)は,多くの貴族や武将が駒を注文した記録である。江戸時代後期には清安,金竜,真竜,巻菱湖(まきりようこ)の書体が有名である。…

※「《将棊馬日記》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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