小アルメニア(読み)しょうあるめにあ

世界大百科事典(旧版)内の小アルメニアの言及

【ファルナケス[2世]】より

…これをローマに認められ,ボスポロス一帯の支配を任される。カエサルとポンペイウスとの内乱では後者に味方し,前48年ポントス王国再建をも目ざしてコルキス,小アルメニア(現在のトルコ北東部からアルメニア西部),カッパドキアを占領し,ニコポリスでカエサルの副官を打ち破った。しかし翌年ゼラの戦でカエサル自身に敗れた。…

※「小アルメニア」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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