世界大百科事典(旧版)内の小串範行の言及
【小串氏】より
…鎌倉中期には近江国檜物荘地頭,末期には北条庶族常葉範貞の家臣となり,六波羅探題の検断頭人として,あるいは播磨などの守護代として権力をふるう。正中の変(1324)では,小串範行が多治見国長(後醍醐天皇方)を攻め自殺させた。また六波羅に仕えた小串範秀の和歌は《玉葉和歌集》《続千載和歌集》などに採られている。…
※「小串範行」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…鎌倉中期には近江国檜物荘地頭,末期には北条庶族常葉範貞の家臣となり,六波羅探題の検断頭人として,あるいは播磨などの守護代として権力をふるう。正中の変(1324)では,小串範行が多治見国長(後醍醐天皇方)を攻め自殺させた。また六波羅に仕えた小串範秀の和歌は《玉葉和歌集》《続千載和歌集》などに採られている。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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