世界大百科事典(旧版)内の小樽高等商業学校の言及
【小樽[市]】より
…市街は海岸から段丘上に広がり,小樽駅付近に金融商業中心地や繁華街があり,中小工業は市街地東部の勝納川沿いに多く,手宮には鉄工,製缶などの工場や水産加工業が立地し,国道5号線沿いに新しい工場立地が進んでいる。1910年小樽高等商業学校として開校した小樽商科大学のほか北海道薬科大学がある。西部の海岸地帯はニセコ積丹小樽海岸国定公園に指定され,手宮洞窟などの史跡,祝津のニシン漁場建築,および色内地区の旧日本郵船支店(現在の小樽市博物館,重要文化財),日本銀行支店など開拓の歴史を語る建築物が多く,運河沿いの石造倉庫群の景観保全を求める声が強い。…
【小樽高商事件】より
…1925年小樽高等商業学校(現,小樽商科大学)で起こった軍事教育反対運動。同年4月から中等学校以上の学校で軍事教練が開始された。…
※「小樽高等商業学校」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」