小田原馬車鉄道(読み)おだわらばしゃてつどう

世界大百科事典(旧版)内の小田原馬車鉄道の言及

【箱根山】より


[交通の発達と地域の変容]
 江戸時代,箱根七湯(ななゆ)を中心ににぎわいをみせた箱根は,東京,横浜に近い景勝地であったため,明治以降多数の外国人が訪れるようになり,道路,鉄道などの交通網の整備に伴って国際的観光地として発展を始めた。1878年宮ノ下に外国人専用のホテルが建てられたのを契機に,87‐88年には湯本~宮ノ下間の人力車道,国府津(こうづ)~小田原~湯本間の小田原馬車鉄道が開かれ,1900年には馬車鉄道が小田原電気鉄道の路面電車となった。大正年間には1919年湯本~強羅を結ぶ箱根登山鉄道が開通し,強羅温泉の開発が本格的に始まった。…

※「小田原馬車鉄道」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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