小野寺通綱(読み)おのでらみちつな

世界大百科事典内の小野寺通綱の言及

【小野寺氏】より

…中世の武士団。平安末期,下野国小野寺保を名字の地とした,藤原秀郷流山内首藤義通の子,小野寺禅師義寛を始祖とする。その子通綱のとき,源頼朝の麾下(きか)に参じて関東御家人に列し,所領を拡大。通綱―通業―泰通―通景―周通が惣領であり,通綱の子秀通系,通業の子通秀・通氏系など一族を分出した。陸奥国新田・登米(とよね)両郡を名字の地とした通房系小野寺氏も,鎌倉初期分出の一族とみられる。南北朝期以後,小野寺保に拠り下野の国人に成長したのは通氏系であるが,室町将軍家から京都扶持衆に指名,京都屋地を与えられ,有力領主となったのは,出羽国雄勝(おかち)郡を本拠とした一族である。…

※「小野寺通綱」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

二・二六事件

1936年2月 26~29日,東京で,国家改造を目指す陸軍青年将校が陸軍部隊を率いて反乱,クーデターを試みた事件。 26日早朝の蜂起後,27日東京に戒厳令がしかれたが,28日反乱部隊は「騒擾部隊」とさ...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android