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山口宗永 やまぐち むねなが

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

山口宗永 やまぐち-むねなが

山口正弘(やまぐち-まさひろ)

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の山口宗永の言及

【豊後国】より

…豊臣秀吉の九州出馬によって22代大友義統(吉統)(よしむね)は豊後1国を安堵されたが,93年(文禄2)の文禄の役で失敗し改易され,大友氏の豊後支配は幕を閉じた。【佐藤 満洋】
【近世】

[所領配置]
 義統の除国後,豊後一国は太閤蔵入地となり,検地奉行山口宗永,宮部継潤(けいじゆん)によって検地が開始された。山口は大分郡府内来迎寺に本拠を置き,大分,海部(あまべ),大野,直入(なおいり)の南4郡を,宮部は国東郡高田城と速見郡木付城に交座して,国東,速見,日田,玖珠の北部4郡を担当。…

【山口正弘】より

…安土桃山時代の武将。初め宗永,宗長とも名のった。甚兵衛,玄蕃頭を称する。豊臣秀吉に仕え,1583年(天正11)賤ヶ岳の戦に従軍。のち秀吉の養子秀秋(のちの小早川秀秋)の補佐となったが秀秋に嫌われたという。慶長の役では秀秋に従って朝鮮へ渡海。帰国後再び秀吉に仕え,加賀大聖寺城6万石を領した。関ヶ原の戦では西軍に属し,籠城して前田利長軍と戦ったが落城し自殺した。〈玄蕃縄〉の名を残しているように検地に能力を発揮した。…

※「山口宗永」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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