山崎庄三郎(読み)やまざきしょうざぶろう

世界大百科事典(旧版)内の山崎庄三郎の言及

【後藤庄三郎】より

…初代庄三郎(1571‐1625)はその由緒書に本姓は美濃国加納城主長井氏とあるが,疑わしい。むしろ,京都にあって豊臣秀吉のもとで大判吹きに従っていた後藤徳乗の弟子山崎庄三郎というのが正しいであろう。1593年(文禄2)秀吉からの下命をうけて徳川氏のために関東へ下ったが,これは,師家後藤四郎兵衛徳乗(光基)の養子となり,後藤家代々の名のり〈光〉の一字を許されて光次と称し,徳乗の名代として下ったものであった。…

※「山崎庄三郎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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