山村山碩(読み)やまむらさんせき

世界大百科事典(旧版)内の山村山碩の言及

【未生流】より

…いけばな流派の一つ。江戸時代文化年間(1804‐18)に未生斎一甫(みしようさいいつぽ)(1761‐1824)によって創流された。一甫は幕臣山村家の生れ。名は不詳だが山碩(さんせき)と号した。江戸で遠州流を学んだというがその系譜は明らかではない。また古流なども学んだようだが,のち諸国を遍歴,40歳台に但馬国の上田家に滞留し,その間に未生流を創流したといわれる。一甫は当時一般に天地人の三つの役枝によって構成していたいけばなの花形を,〈天円地方説〉にもとづいた鱗形(うろこがた)という三角形の中に収めることを考案してより合理的な理念を与えた。…

※「山村山碩」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む