山県狂介(読み)やまがたきょうすけ

世界大百科事典(旧版)内の山県狂介の言及

【山県有朋】より

…明治・大正時代の代表的な藩閥政治家。元老,陸軍の最長老として軍や官政界に強大な勢力を振るった。幼名辰之助,のち小輔,さらに狂介と名のる。長州藩の蔵元付仲間という軽輩の家に生まれ,少年のころから槍術の修行に努め,長じて吉田松陰の松下村塾に学んだ。やがて高杉晋作や伊藤博文らと尊王攘夷運動に挺身し,1863年(文久3)奇兵隊の軍監となり,翌年には英・米・仏・蘭4国連合艦隊と交戦して敗れ,彼自身も負傷した。…

※「山県狂介」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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