《崇有論》(読み)すうゆうろん

世界大百科事典(旧版)内の《崇有論》の言及

【裴頠】より

…当時,世俗は儒学を好まず,風俗は放蕩に流れ,何晏,阮籍をはじめとする清談家が輩出して老荘虚無の思想を唱えた(七賢人)。裴頠はそれに反対して《崇有論》を著し,〈無〉は〈有〉を生むことはできない,〈有〉が万物の存在と変化の根本であることを説いた。最後は政争にまきこまれて殺された。…

※「《崇有論》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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