崇親院(読み)すうしんいん

世界大百科事典(旧版)内の崇親院の言及

【藤原良相】より

…藤原冬嗣の五子で母は尚侍藤原美都子。その出自とともに,度量広大にして才幹ありと評された資質とあいまって栄達の途も保証されていたが,政治家より文人的な志向が強く,崇親院に自存できない一族の子女を収容したりした。834年(承和1)蔵人となり,左近衛少将を経て,承和の変では近衛を率いて行動し,848年(嘉祥1)には参議となり,右大弁,春宮大夫を経て851年(仁寿1)には従三位権中納言となった。…

※「崇親院」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む