世界大百科事典(旧版)内の《川柳みやこ》の言及
【前田雀郎】より
…18年阪井久良伎(くらき)門に入り22年都新聞へ入社,翌年都柳壇の選者となり〈古俳諧に就いて〉を連載,古川柳研究家としての地歩を固めた。24年《川柳みやこ》を発刊,36年に《せんりう》を発刊,丹若会を主宰した。44年宇都宮疎開,のち55年には《せんりう》を復刊。…
※「《川柳みやこ》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…18年阪井久良伎(くらき)門に入り22年都新聞へ入社,翌年都柳壇の選者となり〈古俳諧に就いて〉を連載,古川柳研究家としての地歩を固めた。24年《川柳みやこ》を発刊,36年に《せんりう》を発刊,丹若会を主宰した。44年宇都宮疎開,のち55年には《せんりう》を復刊。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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