巨勢粟持(読み)こせのあわもち

世界大百科事典(旧版)内の巨勢粟持の言及

【山陰道】より

…丹波山地および中国山地の北斜面を占める。山陰道の成立時期は不明であるが,685年(天武14)山陰使者として巨勢粟持派遣のことが知られるので,その成立は天武朝末年のころとみられる。《延喜式》ではこの道所属の国として丹波,丹後,但馬,因幡,伯耆,出雲,石見,隠岐の8国を数えるが,このうち丹後は713年(和銅6)丹波より分立したものである。…

※「巨勢粟持」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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