帖学派(読み)じょうがくは

世界大百科事典(旧版)内の帖学派の言及

【清代美術】より

…日本でも名高い呉昌碩(ごしようせき),斉璜(せいこう)(白石)はこの海上派の末流とみなされる。
[書]
 清代前半期,乾隆ころまでは,明代中期以来流行した法帖をよりどころとする帖学派が盛行し,後半期嘉慶(1796‐1820)以後は主として北朝の石刻文字を学ぶ碑学派の活躍が注目される。まず順治・康熙・雍正年間を帖学前期とし,王鐸と傅山2人をその代表とする。…

※「帖学派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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