世界大百科事典(旧版)内の《帝国憲法要綱》の言及
【金森徳次郎】より
…法制局に入り,法制局書記官などを経て,34年岡田啓介内閣の法制局長官となる。著書《帝国憲法要綱》(1921)は高等文官試験の参考書としておおいに読まれたが,その天皇機関説は美濃部事件に際して攻撃され,36年辞職。戦後46年,第1次吉田茂内閣の国務大臣として新憲法制定の衝にたずさわった。…
※「《帝国憲法要綱》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...