帝都復興に関する詔勅(読み)ていとふっこうにかんするしょうちょく

世界大百科事典(旧版)内の帝都復興に関する詔勅の言及

【関東大震災】より

…そのため政府が援助して小口保険で1割程度の見舞金が翌年5月に支払われた。 震災直後には遷都論も起こったが,9月12日に帝都復興に関する詔勅が出され,さきに東京市長として8億円の大改造計画を立てた後藤新平内相が40億円の理想的な復興計画案をつくり,これが諸官庁の復旧事業を別にして13億円で横浜市を含めて帝都復興事業をおこなう案となったが,大蔵省で7億円に削られた。ついで開かれた帝都復興審議会では軍備や農村対策を重視する保守派の反対で6ヵ年継続事業5億7000万円に減らされ,さらに臨時議会ではそのうち1億余円が東京,横浜両市の負担とされた。…

※「帝都復興に関する詔勅」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む