常滑元功斎(読み)とこなめげんこうさい

世界大百科事典(旧版)内の常滑元功斎の言及

【常滑焼】より

…近世の常滑焼は真焼,赤物と呼ばれる日常雑器を主としているが,江戸後期に連房式登窯が導入されて,真焼は登窯で,赤物は大窯で焼かれるようになった。一方,天明年間(1781‐89)に常滑元功斎が出て茶陶の世界が開け,幕末にかけて上村白鷗,赤井陶然,伊奈長三らの名工が輩出して,陶彫,楽焼,白泥,藻がけ釉などに腕をふるった。明治に入ると杉江寿門に代表される朱泥物が勃興して,常滑焼の新分野が開けた。…

※「常滑元功斎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む