常磐の三寂(読み)ときわのさんじゃく

世界大百科事典(旧版)内の常磐の三寂の言及

【大原の三寂】より

…三者は官仕を辞して出家し,それぞれ寂念・寂超・寂然と称し,歌人として活躍,のち三寂と称せられた。寂超・寂然は大原に住んだが,寂念が大原に住んだ証はなく,父の別荘のあった地にちなみ常磐の三寂と呼ぶほうがよいとする説もある。三者の行為は,官界の束縛を離れて仏道に心をひそめる風潮と軌を一にし,特に寂然は西行と親交があった。…

※「常磐の三寂」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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