平政子(読み)タイラノマサコ

改訂新版 世界大百科事典 「平政子」の意味・わかりやすい解説

平政子 (たいらのまさこ)

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の平政子の言及

【北条政子】より

…鎌倉前期の政治家。伊豆の武士,北条時政の娘。平治の乱(1159)後,源頼朝が伊豆に流されていたおり,その妻となった。1180年(治承4)8月,頼朝が挙兵した際,政子は一時伊豆山に潜んでいたが,10月には頼朝に迎えられて鎌倉に入った。82年(寿永1)に長男頼家,92年(建久3)に次男実朝を産み,ほかに2人の娘がいる。95年頼朝が東大寺供養に上洛した際,政子は子どもたちとともに同行し,京都で丹後局(高階栄子)らと対面した。…

※「平政子」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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