広東瘡(読み)かんとんそう

世界大百科事典(旧版)内の広東瘡の言及

【梅毒】より

…まずインド航路発見者のV.daガマの隊員がカリカットに上陸した98年ころにインドに運ばれ,続いてマレー半島に波及し,16世紀の初め中国の広東に達し,北上して中国全土に広がる。中国ではこれを〈広東瘡(カントンそう)〉あるいは〈楊梅瘡(ようばいそう)〉と呼んだ。 このころ明と交通していた日本にやがて梅毒が伝来するが,それは1512年(永正9)のことといわれ,はじめ関西に起こり,翌年には関東に及んだ。…

※「広東瘡」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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