《廿日余四十両尽用而二分狂言》(読み)はつかあまりでよんじゅうりょうつかいはたしてにぶきょうげん

世界大百科事典(旧版)内の《廿日余四十両尽用而二分狂言》の言及

【曲亭馬琴】より

…江戸後期の読本,合巻,黄表紙作者。本名滝沢興邦(おきくに),のち解(とく)。幼名は倉蔵また左七郎。通称清右衛門,笠翁また篁民。戯作号に,曲亭馬琴,著作堂主人,飯台陳人,玄同陳人,大栄山人,蓑笠漁隠(さりつぎよいん),信天翁など。狂名,変名は曲わの馬ごと,傀儡子清友,魁雷陳人など多数。1767年旗本松平信成の用人を務める滝沢運兵衛興義の五男として,江戸深川海辺橋東の松平屋敷内長屋で生まれた。ときに父43歳,母門(もん)30歳,長兄興旨(のち羅文)9歳,仲兄興春3歳。…

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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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