世界大百科事典(旧版)内の彼杵宿郷の言及
【東彼杵[町]】より
…西は大村湾に面し,東は多良(たら)岳に連なる山地が広がる。中心の彼杵宿郷は古くからの水陸交通の要地で,江戸時代には陸路は嬉野(うれしの)を経て上方へ,海路は大村湾を南下して長崎へ向かう宿場町として栄えた。現在はJR大村線,国道34号線(長崎街道)が通り,佐世保へ向かう国道205号線を分岐する。…
※「彼杵宿郷」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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