世界大百科事典(旧版)内の後天開闢の言及
【東学】より
…具体的な修養方法は21文字からなる呪文の口誦が中心で,この平易な教えは圧政に苦しむ農民の間に急速に広まった。天との結合の可能性において万人が平等だとする教理が封建的な身分秩序と相いれないのはもちろん,〈後天開闢〉の思想は,李氏王朝の終末を予言する《鄭鑑録》の運命観とも結びついて,李朝支配そのものへの批判を内包していた。 政府は1864年,崔済愚を処刑して厳しい弾圧を加えたが,第2代教主となった崔時亨(さいじこう)は教祖の思想を表現した《東経大全》や《竜潭遺詞》を復元・刊行し,教義の体系化を図るとともに,南部朝鮮一帯への布教に力を注いだ。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」