後期ガンガ朝(読み)こうきがんがちょう

世界大百科事典(旧版)内の後期ガンガ朝の言及

【ガンガ朝】より

…その後この地方は東チャールキヤ朝とチョーラ朝によって征略されたが,11世紀初め再びガンガ朝が現れた。これを後期ガンガ朝(大ガンガ朝)という。この王朝はベンガルとタミル・ナードゥの強大な王朝に南北から攻撃を受け,13世紀初めからはベンガルを征服したイスラム教徒から数度の侵略を受けたが,苦戦の末に撃退し,さらにベンガルに進撃したこともあった。…

※「後期ガンガ朝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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