得居氏(読み)とくいうじ

世界大百科事典(旧版)内の得居氏の言及

【菊万荘】より

…これより先,神主保久の娘で鳥羽院に仕えた上総が,院により別納として当荘預所職をあてがわれ,以来13世紀末ごろまでは,上総同様に院に出仕した賀茂氏出身の女性がほぼこれを継承した(座田文書)。1440年(永享12)神主富久は,公用銭20貫文上納の条件で,当荘所務職を伊予守護河野氏の一族得居宮内大輔通敦に預けており,そのころ以後,ほぼ当荘は得居氏の請所(うけしよ)として推移した(馬場義一所蔵文書)。戦国末期に伊予を征圧した小早川隆景が,1586年(天正14)12月,例年の競馬料送進を約した書状が残るのが荘史の終末(座田文書)。…

※「得居氏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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