御勝山(読み)おかちやま

世界大百科事典(旧版)内の御勝山の言及

【赤坂】より

…【稲葉 伸道】 江戸時代ははじめ高須藩領,次いで幕府領,1633年(寛永10)以降大垣藩領。関ヶ原の戦に,大垣城の西軍に対して徳川家康が本陣を構えた岡山は,その勝利にちなんで御勝山と改められたといい,供養のための多数の墓石がある。中山道の宿場となり,1605年(慶長10)将軍旅宿の御茶屋屋敷が設けられた。…

※「御勝山」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む