世界大百科事典(旧版)内の御間城入彦五十瓊殖命の言及
【崇神天皇】より
…第10代に数えられる天皇。和名を御間城入彦五十瓊殖(みまきいりひこいにえ)命という。この天皇が記紀の伝承の中で特に目だつ点は,大物主(おおものぬし)神をはじめとしてもろもろの国津神(くにつかみ)を祭り,また伊勢神宮の創始に関係したとされることである。…
※「御間城入彦五十瓊殖命」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…第10代に数えられる天皇。和名を御間城入彦五十瓊殖(みまきいりひこいにえ)命という。この天皇が記紀の伝承の中で特に目だつ点は,大物主(おおものぬし)神をはじめとしてもろもろの国津神(くにつかみ)を祭り,また伊勢神宮の創始に関係したとされることである。…
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