忍坂部親王(読み)おさかべしんのう

世界大百科事典(旧版)内の忍坂部親王の言及

【刑部親王】より

…天武天皇の第9皇子。母は宍人大麻呂の女媛(かじひめ)。忍壁皇子などともいい,忍坂部とも書く。大宝律令の制定と施行に従事した。672年(天武1)壬申の乱に草壁皇子とともに近江大津宮を脱出,吉野から東行中の天武天皇に合流。674年石上(いそのかみ)神宮に遣わされ,神宝の武器をみがく。679年皇后(持統),草壁皇子,大津皇子ら6人と天武天皇に忠誠を誓う。681年詔を受け,川島皇子らと帝紀および上古諸事を記定。…

※「忍坂部親王」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む