世界大百科事典(旧版)内の忍坂部親王の言及
【刑部親王】より
…天武天皇の第9皇子。母は宍人大麻呂の女媛(かじひめ)。忍壁皇子などともいい,忍坂部とも書く。大宝律令の制定と施行に従事した。672年(天武1)壬申の乱に草壁皇子とともに近江大津宮を脱出,吉野から東行中の天武天皇に合流。674年石上(いそのかみ)神宮に遣わされ,神宝の武器をみがく。679年皇后(持統),草壁皇子,大津皇子ら6人と天武天皇に忠誠を誓う。681年詔を受け,川島皇子らと帝紀および上古諸事を記定。…
※「忍坂部親王」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」