志原保(読み)しはらのほ

世界大百科事典(旧版)内の志原保の言及

【壱岐島】より

…997年(長徳3)には〈南蛮人〉の来襲を受け,1019年(寛仁3)の刀伊の入寇では島守藤原理忠の戦死をはじめとして大きな被害を受けた。【倉住 靖彦】
【中世】
 壱岐の荘園としては,筒城荘,物部荘,石田保,志原保が知られている。筒城荘は宇佐弥勒寺領であった。…

※「志原保」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む