《愚者の船》(読み)ぐしゃのふね

世界大百科事典(旧版)内の《愚者の船》の言及

【ブラント】より

…ドイツの作家。風刺文学《阿呆船(愚者の船)Das Narrenschiff》(1494)の作者。シュトラスブルク(現,ストラスブール)に生まれ育ち,長じてバーゼル大学に学生としてさらに法学部教授として25年間席を暖めたが,シュワーベン戦争の結果スイスが神聖ローマ帝国から事実上独立しバーゼルもこれに加盟の勢いとなるに及んで,国王マクシミリアン1世(のちの神聖ローマ皇帝)を信奉するブラントは,職を辞しシュトラスブルクに帰郷(1500)した。…

【ポーター】より

…以後短編をおもな表現手段として,テキサスを舞台にした殺人事件とそれをめぐる人々の心理を描く《真昼の酒》(1937),第1次大戦中の若い娘と兵士の愛と死を扱った《幻の馬,幻の騎手》(1939),自伝的色彩の強い《過去の人々》(1939)などを発表。《愚者の船》(1962)では,ヒトラー台頭直前の時代を背景に,メキシコからドイツに向かう客船上のさまざまな人間模様を描いた。ほかに評論集《過ぎ去った日々》(1952)など。…

※「《愚者の船》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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