手馬(読み)てうま

世界大百科事典(旧版)内の手馬の言及

【信濃国】より

…東北信の中枢市場は門前町兼宿場町の善光寺町で,1721年5000人,幕末1万人にのぼった。町と村々さらに全国市場を結ぶ交易の動脈をなした運輸機関は,中馬および手馬であった。宿駅の継荷と異なって,中馬は馬士ひとりが4~5頭の馬を追い遠距離を輸送する。…

【中馬】より

…松本から飯田への輸送はさらに南に延び,名古屋,岡崎,新城,吉田(現,豊橋市)に至る間も中馬の活動範囲であった。中馬は古く1670年代(寛文ごろ)には手馬といわれて自分馬による自分荷の運搬であったが,90年(元禄3)ごろには中馬と呼ばれ,遠距離の駄賃稼が行われていた。江戸時代の荷物の輸送は河・海の舟運を主体としたが,五街道はじめ諸藩の設けた街道筋では,公の伝馬役をつとめる宿馬が二つの宿場の間だけを輸送し,荷主は宿場ごとに駄賃・問屋場口銭を払い,馬を替えるのが普通であった。…

※「手馬」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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