採草登山(読み)さいそうとざん

世界大百科事典(旧版)内の採草登山の言及

【登山】より

…伝承によれば古く701年(大宝1)の佐伯有若による立山の開山,さらに717年(養老1)泰澄和尚による白山の開山,勝道上人による782年(延暦1)の日光男体山の開山があり,1149年(久安5)には富士上人末代が富士登山を行ったことが《本朝世紀》にみえる。近世になると,1584年(天正12)富山城主佐々成政が雪のザラ峠を越えるなど戦略上の登山があり,加賀藩や尾張藩などの山林保護のための山回り,幕府の命令による諸国への採草登山などさまざまな山登りが行われた。なかでも加賀藩による黒部奥山回りは1640年から1870年まで続けられ,今の北アルプスの主要な山々にほとんど登ったと考えられる。…

※「採草登山」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む