《改正遺漏紕繆格式》(読み)かいせいいろうひびゅうかくしき

世界大百科事典(旧版)内の《改正遺漏紕繆格式》の言及

【弘仁格式】より

…その編纂方針の大要は弘仁格式序(《類聚三代格》所収)によって知られるが,701年(大宝1)‐819年の間の個々の格式を取捨選択して官司別に配列したものである。その後820年以降の新制をも盛り込みつつ改正作業が続けられ,840年(承和7)《改正遺漏紕繆格式》として頒行された。現在は格,式ともほとんど散逸してしまい,格については《弘仁格抄》と題する目録だけの抄本と《類聚三代格》に収められたもの,式については〈式部式下〉と〈主税式上〉の断簡および諸書に引かれた逸文が遺されているだけである。…

※「《改正遺漏紕繆格式》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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