《教皇マルチェルスのミサ曲》(読み)きょうこうまるちぇるすのみさきょく

世界大百科事典(旧版)内の《教皇マルチェルスのミサ曲》の言及

【パレストリーナ】より

…66年以後イエズス会の教育機関であるセミナリオ・ロマーノで教鞭を執るかたわら,67年からは有力な芸術の保護者である枢機卿イッポリト・デステ2世にも仕えるようになったが,教皇ピウス5世の招きに応じて71年再びジュリア礼拝堂の楽長に復職し,86年教皇礼拝堂作曲家の称号を受け,以後終生教皇のもとで活躍を続けた。 トリエント公会議(1545‐63)において教会音楽のあり方が批判された際,パレストリーナが《教皇マルチェルスのミサ曲》を作曲してポリフォニーの宗教的有意義性を証明したという伝説は,今日では否定されるにいたった。しかし彼が反宗教改革運動における代表的作曲家となったことには変りはない。…

※「《教皇マルチェルスのミサ曲》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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