文周王(読み)もんしゅうおう

世界大百科事典(旧版)内の文周王の言及

【百済】より

…蓋鹵王の敗北は領主的貴族の連合体制を軽視したためで,王権の弱さを暴露したものである。
[第3期――宮廷貴族発生期]
 文周王を擁立して第2の百済を建設した木劦満致や祖弥桀取などは,熊津(現,忠清南道の公州)地方の勢力を代表するものであった。彼らが百済王を擁立した理由は,この地方の小国を統合して,高句麗に対抗するとともに,前代に築いた百済の国際的地位を利用して,中国文化の導入を図ろうとしたことにある。…

※「文周王」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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