文楽軒(読み)ぶんらくけん

世界大百科事典(旧版)内の文楽軒の言及

【植村文楽軒】より

…竹本座,豊竹座廃絶後の寛政年間(1789‐1801)に大坂に出て,道頓堀の東,高津(こうづ)橋南詰西の浜側に人形浄瑠璃の席を開いた。〈文楽軒〉は本人の素人義太夫の芸名,植村は淡路の人形座の元祖といわれる上村源之丞をならったという。のちに堀江市の側に進出。…

※「文楽軒」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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