《文武世継梅》(読み)ぶんぶよつぎのうめ

世界大百科事典(旧版)内の《文武世継梅》の言及

【並木宗輔】より

…なお《菅原伝授手習鑑》《義経千本桜》《仮名手本忠臣蔵》《双蝶々曲輪日記》は,正本署名上では元祖および2世竹田出雲が立作者の形をとっているが,作風,作家経験,出雲の座本としての立場などを勘案すると,いずれも実質的立作者は宗輔と考えられる。
[第2豊竹座時代]
 1750年(寛延3)《文武世継梅》を最後に竹本座を離れ,並木宗輔の名に復して豊竹座に帰り,51年《一谷嫩軍記》を三段目まで執筆したが,完成を見ずに9月7日に没した。墓は大阪市中央区中寺町より移転,現在は枚方市田口山の本覚寺にある。…

※「《文武世継梅》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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