斐太国(読み)ひだのくに

世界大百科事典(旧版)内の斐太国の言及

【飛驒国】より

…旧国名。飛州。現在の岐阜県の北部。
【古代】
 東山道に属する下国(《延喜式》)。8世紀初頭まで斐太,斐陀と表記したが,702年(大宝2)4月に大瑞(だいずい)とされた神馬貢進を契機に,708年(和銅1)前後に飛驒の用字が公定された。古墳は,5世紀半ばの円墳に始まり,6世紀初めに畿内的な前方後円墳が登場する。《日本書紀》仁徳天皇65年条の,両面をもつという宿儺(すくな)の征討伝承は,中央勢力の浸透に抵抗した在地勢力の姿を核にした伝承であろう。…

※「斐太国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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