世界大百科事典(旧版)内の斟尋国の言及
【濰坊】より
…黄河下流域と南方を,海岸側で結ぶ要衝にあり,古くから開けた。伝説で禹の子孫という斟尋(しんじん)国の地ともされる。明・清代には商業を基盤として富豪となったものが多く,その邸宅や収蔵されている文化財にはみるべきものが多い。…
※「斟尋国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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